上手な「あきらめ方」


ひどく落ち込んでいるときの自分を観察してみると、頭の中では、常に同じ問題について考え続けている。

同じシーンを妄想したり、思い出したり、同じ言葉を繰り返したり。

悩むとは、答えのない問いについて感情的に思考し続けることであり、この思考はまるで、ゴールのない迷路を延々と彷徨っているかのよう。

いや、迷路ならまだいい。迷路なら行き止まりがある。

この迷路は、延々とループし続ける迷路だ。何度も何度も、同じところを周り続けなくてはいけない。

一見、進んでいるように見えて、実は全然進んでいない。同じところをぐるぐるしてるだけ。

本当は解決策はないのに解決できると思い込んでしまっているとき、最もエネルギーを無駄に消費する。

最終的になんらかの行動を取らなくてはいけないのに、その行動をとる勇気がない。

だから別の方法を考えるがなにも思い浮かばない。考えを止めようとしても止まらない。

そういう状態に陥ってしまった場合。どうすればいいのだろうか。

「あきらめる」ことだ。問題の解決を、あきらめるのだ。

あきらめることによって、その思考から解放され、よりましな思考に時間とエネルギーを使えるようになる。

今の自分には解決できなくても、もう少し成長した自分なら、もしかしたら解決できるかもしれない。

今、100時間悩んでもなにも解決しないが、5年後の自分なら、1分で解決できるかもしれない。

だとしたら、今の自分がするべきことは、延々と100時間じっと悩み続けることではなくて、その100時間を、少しでも自分が成長するために使うべきなのだ。

とはいえ、

「あきらめろと言われてはいそうですかとあきらめられるんだったら苦労なんかしないっつーの」

という意見もあるだろうし、すごくよくわかる。

あきらめ方には、コツがあるのだ。

今回はその、上手なあきらめ方、について考えてご紹介。

1.延々となにも発展していない、進んでいないことに気づく。

1週間前、1ヶ月前、1年前にも同じことで悩んでいないだろうか。

もし、同じことでまた悩んでいるのだとしたら、今、また同じように悩んでも、きっと以前と同じように、答えはでないと思う。

この場合の悩みは、すでに自分自身の「ライフワーク」になっているのだ、と認識する。この悩みは、悩まれることそのものに意味があるのであって、現状、解決されることをそもそも望んでいないのだ。

2.問題そのものではなく、問題がもたらす「痛み」にフォーカスする。

つまり、この手の問題に関しては、解決策について考えても意味がないのだ。悩むことそれ自体が目的だから。だから、解決ではなく、その悩みがもたらす「痛み」そのものにフォーカスをする。その問題について考えるとどういう気持ちになるか。どういう感情が生まれるか。どんな不快感を感じるか。身体のどの部分にその不快感があるか。その「感覚」に意識を向けるのである。

3.その「痛み」は、取り除けない、とあきらめる。

この「痛み」を取り除こう、あるいはこの痛みから逃げようとするから、迷路にはまる。この痛みそのものを感じることが目的なので、この痛みに集中せずにひたすら迷路を彷徨うと、延々とこの痛みを感じ続けることになる。

感情というのは、快感だけを取り出すことはできないし、幸せだけを残して不幸を消す、ということも多分できない。これらは裏と表の関係にあるからだ。

この痛みを受け入れること。それが「あきらめる」ということだ。

とはいえやっぱりあきらめきれない。こんな苦痛を一生抱えるなんていやだ。という人にたったひとつだけ亜ドバイす。

人に相談せよ。

自分の頭だけで考えていけも解決しない。本を読んでも解決しない。ここまできたら、自分の言葉で、人に相談するしかない。







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